「アスペルガー症候群を知っていますか?」Web版・日本語
◇ はじめに
この文章の目的はアスペルガー症候群はどういう障害かを一般の人にできるだけ正しく理解してもらうことにあります。ですからアスペルガー症候群の子どもや大人の人の特徴についてできるだけ具体的に詳しく書きました。最新の医学的・心理学的情報や援助の方法については簡単にしか書かれていません。援助の方法はとても大切ですが原則のみ書きました。具体的な方法は個々の子どもによって異なるからです。正確な診断や援助プランの作成は専門家の役割です。残念ながら日本にはアスペルガー症候群の専門家は少ないのですが、まず理解することが第一のステップと考えました。なお本ウェブ版をもとに「アスペルガー症候群を知っていますか?」(社団法人日本自閉症協会 東京都自閉症協会)という小冊子をつくりました。ウェブ版を簡潔にしたものです。参考にしていただければ幸いです。
アスペルガー症候群は自閉症の一つのタイプです。アスペルガー症候群の子どもや大人は、(1) 他の人との社会的関係をもつこと、(2) コミュニケーションをすること、(3) 想像力と創造性の3分野に障害を持つことで診断されます。典型的な自閉症も同じように3分野の障害(以下「3つ組の障害」と呼びます)を持っています。自閉症とアスペルガー症候群はひとつながりのものです。これからアスペルガー症候群の子どもの特徴について説明していきます。子どもと書いてあってもほとんどの事項は思春期や成人のアスペルガー症候群の人にも当てはまります。
(1) の社会的関係をもつことというのは他の人と一緒にいるときに、どのように振る舞うべきかということです。(2) のコミュニケーションとは自分の思っていることをどう相手に伝えるか、そして相手の言いたいことをどう理解するかということです。最後の (3)想像力と創造性の問題とはふり遊びや、見立て遊び、こだわりと関係します。
アスペルガー症候群の歴史
アスペルガー症候群はハンス・アスペルガーというオーストリアの小児科医の名前にちなんでつけられた診断名です。ハンス・アスペルガー(以下アスペルガー)は1944年に「小児期の自閉的精神病質」というタイトルで4例の子どもについての論文を発表しました。実はこの前年の1943年にレオ・カナーというアメリカの精神科医が早期乳幼児自閉症に関する論文を発表しています。カナーの論文がその後、長く英語圏で影響を持つようになり、アスペルガーの論文は陰に隠れた存在でした。日本はアスペルガーの論文は比較的早く紹介されたのですが、その後英米の影響が強まったこともあってあまり話題になることはありませんでした。
英語圏で話題になるようになったのは1981年にイギリスのローナ・ウィングという児童精神科医がアスペルガーの業績を紹介し、再評価したことがきっかけです。ウィングは多数例の研究から、自閉症とは診断されていないが、社会性、コミュニケーション、想像力の3つ組の障害をもつ子どもたちがいることに気づきました。当時、自閉症という診断は、言語によるコミュニケーションが限定されており対人関心も非常に乏しい子どもにのみつけられていて、言葉によるコミュニケーションが可能であったり一方的でも対人関心がある場合は自閉症とは考えられていなかったのです。ウィングは3つ組の障害を持っていながら自閉症と診断されない子どもたちの一部はアスペルガーの報告したケースに似ていることからアスペルガー症候群という診断が適切であるとしました。そうして自閉症と同じような援助・教育の対象にしようとウィングは考えたのです。
1981年以降、アスペルガー症候群はしだいに注目されるようになりました。国際的な診断基準であるICD-10(国連の世界保健機関による分類)やアメリカ精神医学会の診断基準(DSM-IV)にもアスペルガー症候群の概念は採用され現在にいたっています。
アスペルガー症候群の定義は一つではありません
大きくわけてアスペルガー症候群の定義は二つあります。一つはウィングらが提唱しイギリスを中心にヨーロッパで主に使われているアスペルガー症候群の概念、もう一つはDSM-IVやICD-10などの国際的な診断基準で定義されているアスペルガー症候群(これはICD-10の呼び方でDSM-IVではアスペルガー性障害と呼ばれます)の概念です。本書はウィングらの考え方を基本にして書かれています。日本やアメリカではDSM-IVの考え方を採用する専門家もいます。ICD-10やDSM-IVのアスペルガー症候群は認知・言語発達の遅れがないこと、コミュニケーションの障害がないこと、そして社会性の障害とこだわりがあることで定義されます。ウィングの考えではアスペルガー症候群も3つ組の障害があることで定義されるので、当然コミュニケーションの障害も併せ持つことになります。
ですから同じ子どもが国際的な診断基準を適用すると自閉症であり、ウィングの基準で考えるとアスペルガー症候群となることも少なくないのです。あるクリニックではアスペルガー症候群と診断された子どもが別の病院では自閉症と診断されることはありうることです。
アスペルガー症候群と類似あるいは同じ意味の障害
高機能自閉症、高機能広汎性発達障害などはアスペルガー症候群とほとんど同じ意味で使われることがあります。高機能自閉症とは知的な発達が正常の自閉症のことです。高機能自閉症とアスペルガー症候群が同じなのか異なるかについては研究者によって意見が異なります。ウィングは、少なくとも臨床的には区別する必要はないとしています。本書でもアスペルガー症候群と高機能自閉症を区別しないで使います。本書でアスペルガー症候群について書かれていることのほとんどが高機能自閉症についても当てはまると思ってください。広汎性発達障害という呼び方はICD-10やDSM-IVの呼び方で、広義の自閉症と同じ意味です。アスペルガー症候群も高機能自閉症も広汎性発達障害に含まれます。なおDSM-IVの自閉性障害とICD-10の自閉症とはほとんど同じ意味で使われます。他者への関心が極端に乏しく、こだわりが強い、いわゆる典型的な自閉症のことを指して「カナー型の自閉症」ということがあります。「非定型自閉症」「特定不能の広汎性発達障害」といった場合は自閉症の症状が典型的には現れていないが、自閉症の症状のいくつかが明らかに存在する場合を指します。「自閉症スペクトラム」はウィングが提唱している概念で、3つ組の障害が発達期に現れる子どもたちを総称しています。広汎性発達障害とほぼ同じ意味ですが、より広い範囲の概念です。
自閉症とはどこが違ってどこが同じなのでしょうか
自閉症とアスペルガー症候群はひとつながりのもので、どこかで厳然と二つに分かれるものではありません。幼児期には典型的な自閉症の特徴を持つ子どもが思春期になるとアスペルガー症候群の特徴が目立ってくる場合もあります。強いて区別して言えばアスペルガー症候群の子どもや大人は一見して障害があるようには見えないことが多いのです。話もできるし勉強なども人並み以上にできることがあります。人前で独り言を言ったり常同運動をしたりすることは稀です。一見自閉症にみえない自閉症といっても良いでしょう。
教育や援助の方法で大切なことは3つ組の障害をもっているかどうかです。アスペルガー症候群と自閉症、そしてそのどちらの特徴も持っている場合も合わせて3つ組の障害があれば自閉症スペクトラムと総称することをウィングは提唱しています。アスペルガー症候群でも自閉症でも3つ組の障害があれば、教育や援助の方法は共通しているのです。
アスペルガー症候群なら誰でもある特徴
アスペルガー症候群にも自閉症にも「3つ組の障害」がみられます。以下、「3つ組」について説明していきましょう。
独特の人付き合い(社会性の問題)
アスペルガー症候群の人の人付き合いの特徴を一言で述べれば、人の中で浮いてしまうことが多いということでしょう。幼児期には一人遊びが中心です。他の子どもと遊ぶことは少なく、遊んでも年長の子にリードされたり、年少の子と同レベルで遊ぶことが多いのです。つまり同年齢の子どもと対等の相互的な遊びをすることがとても難しいのです。
正直すぎる子どもたち
接し方のルールがわからず無邪気に周囲の人に対して迷惑なことをしてしまうことがあります。例えば太った友人に対して素直に「太っているね」と言ってしまいがちです。その言葉が人を傷つけるということには少し鈍感なのです。年配の先生に向かって「おばあさん先生おはようございます」と明るい大声で挨拶する生徒もいます。私たちが注意しなければならないことは、こういった言動をする場合にも彼らには悪意はないのです。ただ社会的ルールがわからず素直に「本当のこと」を言ってしまうのです。正直すぎる子どもたちと言っても良いでしょう。
子どもでも大人でも社会生活には暗黙のルールがあります。暗黙のルールがわからないために他の子どもから嫌われたりいじめられるアスペルガー症候群の子どもが多いのです。子ども同士で教師や大人に内緒のいたずらをしたり、大人の悪口を言い合う、こういった楽しみは貴重なものですし、わざわざ口に出して確認する必要もない子ども同士の間の秘密のことです。こういった暗黙の秘密がわからず、大人に問われるままに子ども同士の秘密を話してしまうのです。ここでも友人を裏切ったという認識も悪意もないのが特徴です。
同年齢の子どもと波長があわない
幼児期には他の子どもと遊ぶことより一人遊びを好む子どももいますが、多くのアスペルガー症候群の子どもは成長するにつれて他の子どもに関心を持つようになります。ただ同年齢の子どもとの付き合いは苦手で年長の子どもにリードされて遊んだり、年少の子どもを指図して遊ぶことを好みます。その場を「仕切りたがる」ことも特徴の一つで他の子どもが自分の思い通りに遊んでくれている間は遊べますが、自分の思い通りに動いてくれないとかんしゃくをおこしたり一人遊びに戻っていったりしがちです。
積極的すぎることもある
アスペルガー症候群の子どもの人付き合いの問題は積極的すぎるという形であらわれることがあります。異性を好きになることもあります。皆の前で「○○ちゃん大好き」と大声で叫んでほっぺにキスしようとする小学生もいます。小学生になればこういうことは恥ずかしいと思うのが普通ですが、アスペルガー症候群の子どもは羞恥心を感じるのが遅いようです。誰彼かまわず、質問を浴びせかけることもあります。初対面の人に向かって「家族は何人ですか?体重は何キロですか?身長は何センチですか」とやつぎばやに質問したり、電車や飛行機の話など自分の関心のある話題を一方的に話しかけたりするのです。相手が困惑していたり迷惑がっていても気がつかず、自分にとって関心のあることは相手にとっても関心のあることだと思ってしまうことがこういった行動の一つの理由です。
コミュニケーションの問題
アスペルガー症候群の人の話し方はちょっと変わっています。話すことができないわけではありません。おしゃべりなアスペルガー症候群の子どもも沢山います。でも話し方が少し変わっています。一言でいえば会話のやり取りが長続きしないのです。
話し方が回りくどい、曖昧が苦手、細かいところにこだわる
アスペルガー症候群の子どもは話し方がとても回りくどいことがあります。「今日はどうやってここに来ましたか?」の質問に対して「朝8時3分に家を出ました。それから市営バスの10番に、バス停から乗りました。ちなみにそのバスは低床型の青いバスでした。10番のバスを__駅前でおりて、そこから__線の準急に乗りました。×駅で急行に乗り換えて__駅の3番線の後方のホームでおりて云々」といった具合です。どれが大事な情報でどれが枝葉末節かうまく選べないのが一つの理由と思われます。あまりくどくど言われると、言われる方はからかわれているのかと思いがちですが、そうではなく本人は一生懸命なのです。
曖昧な聞き方をされると意味がつかめないようです。久しぶりにあったので「最近どう?」と何気なく聞くと「どうって、何のことですか?元気かという意味ですか?勉強のことですか?友人関係のことですか、それとも家族との関係を聞いているのですか?」などと細かく聞き返されることがあります。その場で何が話題になっているか、言外の意味を汲み取ることが苦手なのでどうとでもとれる曖昧な質問には答えることが難しいのです。問いかけはなるべく具体的にする必要があります。
大人びた難しい言葉、場にそぐわないほどの丁寧語を使う
子どもなのに「ちなみに」「ところで」「逆にいえば」「おそらくは」などといった大人びた言葉を使うことがあります。今日の昼ごはんは何を食べましたか?と聞かれて「米飯と魚肉それと緑黄色野菜」と答えたり、手伝って欲しいという意味で「援助が必要です」と言う子どももいました。クラスで配布されたプリントを集めるときに「没収します」と言うなど間違った言葉の使い方もみられます。家族や同級生に対しても「ですます調」の丁寧語や文章体で話したり、テレビのアナウンサーのように正確すぎる話し方をすることもあります。丁寧語の中に不自然なほど乱暴な若者言葉が交じりこむ小学生もいました。兄の影響で乱暴な言葉を覚えたのですが、全体は丁寧語でしゃべるので非常な違和感があります。本人はあまり違和感を感じていないのです。基本的にアスペルガー症候群の子どもは友人同士の会話よりも、テレビや本などから会話を学ぶことの方が得意のようです。そのために、こういった現象が生じるのだと考えられます。辞典で覚えた難しい熟語やことわざを不自然なほど頻繁に使うこともあります。「やめて」という意味で「それは言語道断だから断固拒否します」とか「せいてはことを仕損ずると言いますから、そんなことをしたら弱り目にたたり目です」といった具合です。男の子なのに女の子のようなしゃべり方をしてからかわれる子どももいます。先生に指されて答えられず「あら、私こまっちゃったわ」といったようにです。母親と一緒にいることが多いため、母の言い方をそのまま模倣しているのかもしれません。大抵の子どもは男女の言葉の相違を理解してそれぞれの性別にあった言葉使いをするのですが、アスペルガー症候群の子どもはそういった使い分けが苦手です。
一方的でわかりにくい話し方
アスペルガー症候群の人は自分の関心があることを、相手の興味におかまいなしに一方的に話す傾向があります。自分の関心のあること(機関車やコレクションなどの趣味のこと)で頭が一杯だったり、関心のあることは他の人より知識が豊富なので話しやすい、相手の反応をモニターせず相手が迷惑そうな表情をしていても気がつかないことなどが関係しているのでしょう。話が飛びやすいのもアスペルガー症候群の人の話し方の特徴ですが、これも相手に理解しやすいようにという配慮が苦手なために、自分の関心の赴くままに話題が変わっていくのかもしれません。話し相手の予備知識を考慮していないため唐突な印象を受けがちです。
言外の意味を汲み取ることが苦手
言葉の裏の意味を理解することが難しいことが多いです。家に電話がかかってきて「お母さんいますか?」と聞かれ「はい、います」と答えます。そのままだったので相手が「お母さんを電話に出してください」と言うと「お母さんはいますが、今家にはいません」と答えました。最初の質問に対して子どもは母がいるかどうかについて答えたつもりなのです。慣用表現も混乱の一因になります。「先生に叱られてお母さんは耳が痛かった」と言われて、親切にも鎮痛剤を持ってきてくれたりします。「今日のご飯はお鍋にするね」と伝えると、あわてて「スパゲティがいい」と言った子どももいます。その子は実際に料理が出されるとおいしそうに食べて、食後に「これが鍋を食べたっていうことなの?」と確認をしました。
皮肉やほのめかしの理解も難しいようです。よく学校の先生が「そんなことしたら幼稚園の子だよ」と注意しますが、本当に幼稚園にいくのだと思って不安になったり、幼稚園にいけるんだと思って喜んでしまったりします。「そんな子はうちの子じゃありません」と叱られて戸籍を調べようとした子どももいます。困った行動をしているときに「それはちょっとね・・・」と言われて、ちょっとねの後の言葉を延々と待っていたりしがちです。
言葉の間違った使い方
アスペルガー症候群の子どもは一見正しく話しているようにみえても、よく聞くと微妙な文法的に間違った話し方をすることがあります。助詞がところどころ抜けたり不正確な使い方だったり、受身文で混乱したり、「そこ、ここ」「もらう、あげる」「いく、くる」など視点の違いで異なった言葉を使う表現を間違えたりしがちです。あるアスペルガー症候群の子どもは良いことを聞いても悪いことを聞いても「なあんだ」とつまらなそうな表情で受け答えをしていました。「なあんだ」という相槌はどのような場合でも使える表現だと覚え間違いしていたようです。
思考を言葉に出す
小さな声でひとり言を言ったり、考えていることを声に出して言うことがあります。また相手の言ったことを小声で繰り返した後に返事をする人もいます。
分かりにくい話し方,訥々とした話し方,駄洒落を好む
会話の内容よりも「音声」の方に関心があって、やたらと語呂合わせの駄洒落をいう人もいます。
しゃべるほどには理解していない
アスペルガー症候群の子どもはよくしゃべるし、難しい言葉も知っているので、言葉を理解する能力も高いのだろうと思われがちです。でも、話すことより人の話を理解することの方が苦手な子どもも多いのです。子どもの理解力の範囲内で話しかけるように注意しないと、本当はよくわかっていないのにわかったつもりになってしまう子どもがいます。言葉そのものの理解が乏しいことも多いのですが、相手の話以外のことに気がそれてしまい、話の筋が追えないこともあります。注意が相手の言葉よりも、相手の身に付けているアクセサリーとか相手の髪型などといった、その場では本質的でないことに気がとらわれたりしがちなことも一因です。また、相手の話が「見えなく」なったときに聞きなおしたり、さりげなく確認したりといった「会話の技術」も未熟なことが多いのです。
ジェスチャーや表情、距離のとり方などの言葉以外のコミュニケーションの問題
これまで主に言葉を使ったコミュニケーションの特徴について述べました。でもコミュニケーションは言葉だけで行うわけではありません。何気ない仕草やジェスチャー、表情、視線の向け方、相手との距離など言葉以外の要素もコミュニケーションに重要な役割を果たします。このような言語以外のコミュニケーションを非言語性コミュニケーションといいますが、アスペルガー症候群の人は非言語性のコミュニケーションも独特のことが多いのです。
私たちはしゃべりながら自然に体を使ってジェスチャーでも表現しています。幼児期や小学生くらいの子どもで言葉でコミュニケーションできるようになると、言葉だけでコミュニケーションをはかり、自然な体の動きがみられないことがあります。また視線の合い方も独特で、相手の顔をみないで話したり、逆に相手の顔をしげしげと見つめすぎて奇異に思われたりします。思春期以降になるとジェスチャーが大げさすぎて目立ってしまうこともあります。ある若い女性は質問に答えた後で、「ウッフ」とまるで字を読むかのように声を出して笑った後で首を横に傾げます。自然に出ると可愛らしい振る舞いなのですが、あまりに芝居じみてとってつけたようなので不自然に感じてしまいます。またある青年は家で料理を作る時の様子を聞かれて、「パンがこげないようにトースターを見張ってます」と言いながら、強い日差しの中で遠くを見るように、てのひらを目の上にかざしました。思わず笑ってしまったのですが、なにがおかしいのか本人はよくわからない様子でした。
コミュニケーションというキャッチボール
人と人とが会話をする様子は、言葉や仕草、視線などをボールにみたて、ボールを受け取っては投げるキャッチボールの場面にたとえられます。アスペルガー症候群の子どもはコミュニケーションのキャッチボールが苦手です。言葉はあるので投げることも受けることもできなくはないのですが、相手とキャッチボールを楽しむことが苦手なのです。キャッチボールができない時に、周囲が「ふざけている」「やる気がない」とか、「協調性がない」といった視点で判断するのは全く不適切です。相手の意図を推測したり、相手の反応に応じてこちらの動きを調節していくといったコミュニケーション能力の障害なのです。もともとコミュニケーションが苦手なのですから、緊張した情況だとふだんのようにはしゃべれなくなったり、逆に自分の関心のある分野の話題を饒舌に話したりします。このような場合もおおもとにあるのはコミュニケーションの障害なのです。
想像力の障害
想像力の障害はこだわりやふり遊びの少なさ、融通の利かなさという形で現れます。早い場合には1歳前から、モビールや風にゆれる木の葉をベッドから何時間も眺めて笑う、たまたま母親が池に石を投げ込んでできた波紋をみて、何度も石を投げるように要求して波紋を見続けるといった行動が現れます。その他にも踏み切りで電車を延々と見続ける、空中に文字や模様を描くことに熱中するなどの行動がみられます。特定のビデオの同じ場所を繰り返しみたり、他の遊びにはめもくれずテレビゲームのみに熱中し、攻略本などで完全に裏技などもマスターするなども一種の「こだわり」とみなされます。
ごっこ遊びやふり遊びが少ないことも特徴です。ふり遊びには自分がもし○○だったらと想定するための想像力が必要ですし、ごっこ遊びには相手に合わせて柔軟に遊びのストーリーを変えていくことが要求されます。相手のある遊びでは相手の行動は予測できませんし、予想外にことが起きるから楽しいともいえます。しかしアスペルガー症候群の子どもは柔軟性に乏しいために予想外の事態を嫌い、複数の子ども相手のごっこ遊びを避けることがあります。
アスペルガー症候群の子どもが示す想像力の障害は次に述べるようなコレクションや反復的行動、融通のきかなさに繋がっていきます。つまり想像的な遊びが乏しく、他の子どもとの相互的な遊びを楽しむのが難しいとしたら、一人遊びが増え、同じことの繰り返しが楽しみになっていくわけです。
コレクション
アスペルガー症候群の子どもは色んなものを集めたがります。電車や飛行機のミニチュア、カードといった一般的なものから、トイレのブラシやコンビニのレシートといった風変わりなものまでさまざまです。小学生以上になると、ある種の情報を集めることに熱中することが多いようです。あるアスペルガー症候群の中学生は、各地の高層ビルを巡り、そのエレベータの製造会社と型番などをノート型のコンピューターにインプットすることを楽しみにしていました。
アスペルガー症候群の人は機械的記憶力が優れていることが多いので、語学や歴史、地理、コンピューターなど反復練習が効果をあげる科目で優れた成績をとることがあります。学校などで友人や教師の名前、誕生日、クラスの配置や教室の広さなど細かく覚えていることがあります。沢山の情報を集めることでなんとか予想外の事態を避けようとしているのかもしれません。友人の名前や誕生日を覚えているからといって対人的関心が強いとは限りません。ある幼稚園児はクラスの友人の名前と誕生日、星座などをすべて暗記して、欠席や遅刻などについてもいちいち教師に報告していましたが、誰とも遊ぼうとはしませんでした。友人に付随する事実(情報)に関心があったので、遊び相手としての友人にはほとんど無関心でした。
パターン的行動、生真面目すぎて融通が利かない
興味の対象として「パターン」があります。朝起きたら必ず雨戸を開けるといった目立たない習慣のようなパターンもあります。雨が降っていても雨戸を開けたがったら、それはパターンです。一日の行動パターンを完全に決める人もいます。毎朝の通学電車では同じホームの同じ場所から、同じ時間の同じ号車に乗ることに決めていたりします。
融通が利かないことも学校生活で問題になります。時間割の変更や突然の教師の欠勤という事態で不安を感じたりかんしゃくをおこしたりします。あまりに規則に厳格なために、遅刻した同級生に延々と注意をしたり、修学旅行などで消灯時間をかたくなに守り、他の生徒の顰蹙をかったりすることがあります。パターンを好むということは反復を厭わないことでもあります。ある語学好きの大学生は「語学は何度反復しても怒られないし、反復すればするほど成績も上がるので大好きだ」と語っていました。
ものまね、テレビ・ビデオへの興味
アスペルガー症候群の子どもの多くはものまね遊びが得意です。一見ごっこ遊びに似ていますが、一人で遊ぶことが多かったり遊びの内容が反復的でテレビの場面などのコピーになっていることが、他の多くの子どものごっこ遊びと違うところです。実際にテレビアニメの主人公に「なりきって」しまう子どもも少なくありません。ただしアスペルガー症候群の子どもの場合は相手の子どもの反応にあわせて自分の言動を柔軟に調整するのが苦手なので、多数の中でのごっこ遊びは長続きせず、一人でテレビの場面を再現するような遊びかたになります。テレビ番組では医学物などのドキュメンタリー番組、ドタバタ系のバラエティ番組を好みます。フィクションではSF番組、単純な勧善懲悪ものを好むことが多く、人間関係の複雑さがテーマになるようなストーリー性のある番組を好むことは少ないようです。読み物も図鑑や辞書などが好きなことが多いのですが、小学校も高学年になると歴史ものやSF、医学もの、刑事ものなどを好むようになります。より年長になっても、人間関係の心理のあやがテーマになるような小説を好むことは稀です。
常同運動
重度の自閉症では、体を前後にゆする行動(ロッキング)、興奮した時にジャンプをすることを繰り返す、手をひらひら目の前にかざすなどの行動がみられます。アスペルガー症候群の場合はそういった行動は目立つことはあまりありませんが、幼児期、試験前などのストレス情況や人目の無いところでは同様の常同行動がみられることがあります。
「3つ組」以外のアスペルガー症候群に良くみられる特徴
以下の領域の特徴はアスペルガー症候群に必発ではありませんが、アスペルガー症候群の人が示すことが多い特徴です。
不器用
アスペルガー症候群の子どもの動作はぎこちない印象を与えます。三輪車のペダルをうまくこげなかったり、小学校に入っても自転車の補助輪がとれない、ボール遊びが苦手、お箸が上手に使えない、など運動が苦手なことが多いのです。歩き方や走り方もどことなくぎこちなく、家の中を歩いてもあちこちぶつかったりします。小学校では体育が苦手なことが多く、バランスをとることが苦手で平均台をうまくわたれなかったり、ドッジボールなどのボール遊びに参加できなかったりします。手先が不器用で工作が下手だったり「みみずのはったような」字を書くこともあります。このような不器用さは知的な能力とは平行せず、成績優秀な中学生でもお箸で食べると食べこぼししたりします。もっとも特定のことに関してはとても器用なこともあります。お箸はうまく使えないのに、テレビゲームのコントローラーはとても素早く正確に操作したりできる子どももいます。運動は全く苦手なのにピアノは上手に弾いたり、読めないような字を書くのに絵はとても上手に描けるなどです。このような不器用さは模倣能力の乏しさや、模倣するときの注目点が一般の子どもと異なることなどが関係しているようです。
音や光、味などへの過敏さ
アスペルガー症候群の子どもは感覚刺激に対して敏感なことがあります。敏感さは聴覚、視覚、味覚、嗅覚、温痛覚などのいずれの感覚の敏感さもありえます。もちろん一人の子どもがすべての領域に敏感さをもっているわけではありませんが、アスペルガー症候群の子どもは(大人も)感覚の敏感さを持っている可能性について周囲の人が考慮しておく必要があります。過敏なことが多いのですが、逆に鈍感なこともあります。アスペルガー症候群の人の感覚的な問題は敏感さと鈍感さが共存することです。痛みや熱さに対して鈍感な場合は怪我や火傷に気づかないことがあるので注意が必要です。
音への敏感さ
音への敏感さがアスペルガー症候群の最初の兆候のこともあります。ちょっとした物音で不安がり泣いてしまうとか、工事現場の騒音を嫌がって外出を拒否する、幼稚園の運動会のピストルの音でかんしゃくをおこしてしまうなどです。人ごみや混んだレストランなどざわざわした騒音は苦手なことが多いようです。電車の中では騒音をがまんするだけで手一杯で、とても話などできないと言う大人のアスペルガー症候群の人もいます。コインで黒板やブリキ板などを擦ると「キーキー」と耐えがたい音がしますが、同じような辛さを色々な音に対して感じているようです。
音への敏感さが特定の音を好むという形で現れることもあります。電車のガタンガタンという音を熱中して聞き続けたり、放映のないチャンネルのザーというノイズを聞くことを好んだりすることもあります。エンジンの音で車種を、モーターの音で電車の種類を区別できる子どももいます。音感に敏感でほんのわずかな音程のずれでもわかる子どももいますが、こういう子どもにとっては学校の音楽の時間に調子はずれの合唱に参加したりすることはとても苦痛に感じることでしょう。
視覚的敏感さ
敏感さが視覚に現れると、特定のマークやロゴにこだわったり、教えもしないのに文字やアルファベットなどを幼児期に覚えてしまうことが多いようです。揺れる木の葉を見続ける子どもは興味のレパートリーが狭いとも言えますし、視覚的な敏感さがあるといっても良いでしょう。強い日差しが眩しくて、サングラスをかけて対応していることもあります。
視覚の敏感さが文章を読むときに現れると、学習や仕事に支障をきたすこともあります。あるアスペルガー症候群の女性は、何かに注意を向けると内容より表面が気になってしまうと訴えます。例えば文章を読むと漢字の複雑な形に注意がむいて文字のカーブの形などにうっとりと見入ってしまい、内容を理解するまでに時間がかかります。年少の子どもでも「麒麟」や「檸檬」などの複雑な漢字に強い興味を示すことがあります。話相手の表情がちょっとでも険しいと、それだけで怒っていると判断してしまい不安になる子どもも多いのです。
味覚の敏感さ
味覚の敏感さは偏食につながります。極端に敏感な場合は特定の銘柄の特定な物しか食べないことがあります。A社のレトルトカレーは食べるのにB社のは食べないといったこともあります。学校で給食の時間に残さず食べるように指導されるのが苦痛で、登校できなくなることも少なくありません。偏食というと「わがまま」とみなされやすいのですが、アスペルガー症候群の子どもにとっては、われわれがおいしいと感じる味がとてつもない味に感じていることがあり、偏食の矯正を給食の時間の目標にしないほうが良いでしょう。偏食の一部はいわゆる「食べず嫌い」で、食べ物の「見た目」への敏感さが原因のこともあります。このような場合は調理の方法で見た目を変えることで食べることができるかもしれません。
嗅覚の敏感さ
嗅覚が敏感な場合には香水や整髪料の臭いを嫌うことが多いようです。他の人の体臭や口臭に敏感で、それを我慢できずに社会参加の妨げになったり、悪気はないのですが、はっきりと相手に指摘するために傷つけてしまうことがあります。学校や会社などのトイレを使えないとか、塩素消毒の臭いが苦痛で体育のプール指導を嫌がるなどの行動もみられます。自分から訴えない子どもも多いため、嗅覚過敏が関係した行動は見逃されがちです。
触覚的な障害
ツルツルした表面が滑らかなものを触ったり、ぬいぐるみなどの感触が好きでいつも持ち歩いて撫でていることがあります。シャツのタグのあたるのが嫌でタグを取ってしまったり、きついズボンを嫌がってゆったりしたズボンをはきたがったりすることがあります。
他人に触られることや抱きしめられることを嫌がることもあります。アスペルガー症候群の赤ちゃん時代のことを聞くと「抱くとそっくりかえって嫌がった」と報告されることがありますが、もしかしたら触覚への過敏性の最初の表現かもしれません。大人は子どもが良いことをすると頭を撫でますが、良い事をするといつも頭を撫でられるので、そのうち良い事をしなくなった子どもがいます。子どものようすを良く見ていれば、喜んでいるかどうかわかるのですが、子どもの反応をみないで機械的に頭を撫でているとこういうことがおきます。耳垢をとることや散髪をとても嫌がり、寝ている時にやろうとしても起きてしまうような行動も触覚過敏が関係しているようです。
痛みに対する反応
痛みに対する反応が過剰で、注射などに異様なほどの恐怖心を覚える子どもがいます。大学生のアスペルガー症候群の大学生で、注射の痛みで涙を流す人もいました。反面、痛みに対してまったく無頓着といった場合もあります。
学習の問題
アスペルガー症候群の子どもの成績はさまざまです。かなり優秀な成績のこともあれば全体に学習が苦手なこともあります。多くの子どもは普通学級で学んでいますが、小学校も高学年になると普通学級での学業継続が難しくなり特殊学級に転籍することもあります。社会や理科などが好きで図鑑などから詳細な知識を得ていることも珍しくありません。漢和辞典やことわざ辞典などで沢山の熟語やことわざを知っている子どももいます。一部の知的に高いアスペルガー症候群の人は大学にも進学します。理系にいくことも文系にいくこともあります。大学で自主的に研究計画や実験計画をたてることは難しい人が多いようです。
字を書く問題
不器用さの項でも説明しましたが、字を書くのが苦手な子どもが多いようです。まず字の書き方が乱雑で「みみずのはったような」字をかくことがあります。全体的な成績は悪くないのに中学生になっても「わ」と「ね」、「シ」と「ツ」などの区別で混乱したり、簡単な漢字を覚えられないことがあります。「偏」と「旁」の位置が逆転したり、いわゆる鏡文字を書く子もいます。文末の「は」と「わ」の混同なども時にみられます。
算数の問題
独特の計算の方法をとることがあります。アスペルガーの原著にも、47-15を47に3を足して50にし15を引いてから3を引く方法をとる男児の例があげられています。機械的な計算はできても、文章題になると難しいことがあります。筆算は得意でも暗算は苦手な場合や、計算のみだと暗算が得意でも、問題を聞いて解くときにはとても苦労する場合もあります。驚くほど正確に計算できる場合もあり、何年も先までカレンダーの曜日を計算できたりする子どもがいることはよく話題になります。
その他の心理学的問題~心を読むこと
日常、大人はもちろん子どもでも相手の気持ちを読みながら暮らしています。相手が自分を騙そうとしているとか、本当は喜んでいないのに喜んだふりをしている、そういう相手の意図を読むことで日常の生活が成り立っています。このように相手の気持ちを読む能力は通常では4-5歳くらいから芽生え始めるといわれています。アスペルガー症候群の子どもは相手の言ったことをそのまま単刀直入に受け止めてしまいがちです。そのため騙されやすかったり、利用されたりしやすいのです。
注意の問題
アスペルガー症候群の子どもでは注意の集中や配分に問題があることがあります。配分に問題があると、あることをしている時に声をかけても気がつかなかったりします。ゲームに集中しているときに声をかけても振り向かないことは一般の子どもでもよくありますが、アスペルガー症候群の子どもではそれが極端な形で色々な場で生じがちです。私たちは、何かに集中している時でも非常ベルの音には気がつきます。何かに集中していても、何%かの注意は他に向けられているわけで、そうでないと危なくて都会では生活できないでしょう。アスペルガー症候群の子どもはそういった注意の配分が苦手で、あることに集中すると別のことには気がつかない傾向があります。あることをしていて別のことに注意を移行することも苦手なことがあります。前にやっていたことをいつまでも頭の中で考えていて新しいことがお留守になってしまうのです。
計画をたてること
自分で物事を計画して、複数のことがらを連続して実行していくことが苦手なことが多いのです。ある程度周囲がプランを立ててあげないと、一人で複数のことを連続して実行していくことは難しいようです。よく子どもの自主性を尊重する教育と言って、何もこちらで準備しなくて子どもの自由にさせるやり方が一部で推奨されていますが、このやり方はアスペルガー症候群の子どもには合いません。
アスペルガー症候群の子どもとの接し方
援助の基本方針はまずアスペルガー症候群を理解するということです。アスペルガー症候群の子どもは社会性、コミュニケーション、想像力の3領域に障害があります。困った、不適切な行動、風変わりな行動をとったとしても、「わざとやっている」とか「ふざけている」とかとらないで下さい。そのような行動の多くはアスペルガー症候群特有のハンディキャップのために生じているのです。以下に述べるのはアスペルガー症候群の子どもとのつきあい方のいくつかのコツです。
予測しやすい環境
アスペルガー症候群の子どもは予測できないことや変化に対して苦痛を感じることが多いのです。どこで何が予定されているかということをなるべく前もって伝えましょう。言葉だけでなく文字(年少の場合は絵や写真)で伝えるのが効果的です。つまりスケジュールを予告することが大切なのです。現実の生活では予定どおりにいかないことも沢山あります。予定外の出来事やスケジュールの変更も、できるだけ本人にわかるようにたとえ直前であっても明確に伝えることが大切です。
安全で穏やかな環境
アスペルガー症候群の子どもは騒々しい環境が苦手です。余分な刺激の少ない静かな環境の方が本来の能力を発揮できます。大声で叱ったりすることは逆効果です。できるだけ穏やかに接するようにしましょう。教師や親はできるだけ感情的にならず穏やかに冷静に話をする姿勢を持ちましょう。大人が感情的になってしまうと、アスペルガー症候群の子どもは大人が言いたいことよりも感情的になったということのみに気持ちが向いてしまいがちです。もちろん大人にも感情的になってしまう理由は十分あるのですが、子どもはその情況には無頓着で「怒られた」「拒否された」という気持ちのみが残ってしまうことが多いのです。子どもの行動が変化するには長い時間が必要です。困った行動は少しずつ、少しずつ改善していくのを目標にしましょう。時には発達するのを待つという姿勢も大事です。子どもにとって無理なことを強制するのはやめましょう。一人で乗り越えさせようとすると多くの場合、自信をなくしてしまうか自分の興味のあることしかしなくなります。
アスペルガー症候群の子どもは非常にしばしばいじめの対象になります。学校の休み時間、登下校時など大人の目の届かないところでいじめられていることが多いのです。自分一人の力でいじめに立ち向かっていくことは不可能です。またいじめられていることを教師や親に告げない、告げようとしない場合も多いのです。できるだけ大人やしっかりした年長者の監督下におくことが必要です。
ルールや指示は明確にしましょう
アスペルガー症候群の子どもにとって「暗黙のルール」の理解は困難です。ルールはできるだけ明確で、その子どもの能力の範囲内で実行可能なルールにしましょう。曖昧な指示や皮肉、言外の意味の理解を期待した指示は理解できないと思った方が良いでしょう。場に関係のないことをしつこく聞いたり話したがる場合には、「今この場ではその話はできない」とか「この話は5分で打ち切る」などと情況に応じて明確に伝えた上で、「いつどこでなら話をしても良い」という代替の提案をできるだけするようにしましょう。
できるだけポジティブに接しましょう
アスペルガー症候群の子どもは否定的な言動に対して敏感です。記憶力も非常に良いことが多いので、後々まで尾を引きがちです。小学校の一年生の時に先生に叱られたことを覚えていて大人になってから唐突に教師の住所を調べて抗議の手紙を送ったりすることもあるほどです。アスペルガー症候群の子どもは思春期頃になると自分の言動が他の多くの子どもと違っていることに気づき、落ち込むことがあります。小学校などでも、どちらかというと教師や大人から叱責される行動をしてしまうことが多いので、もともと自信をなくしがちです。できるだけ長所をみつけて誉めるようにしましょう。
子どものこだわり、関心事は矯正するより何かに生かす方向で考えましょう
アスペルガー症候群の子どもの関心事というのは大人が変えようと思ってもなかなか変わりません。でも自然に関心ごとが移っていくことは意外に多いのです。例えば電車に強い関心があれば、駅名から漢字を覚えるとか路線図から地理の勉強につなげていくとか、電車の構造から理科の勉強につなげていけないかなどと、子どもの興味を良い方向に伸ばすように考えてみましょう。
大人を試すような行動をする場合にも冷静に対応しましょう
わざとのように困った行動をして、教師や親がどこまで許容するか「試す」ように見える子どももいます。しかし、こういった行動は本当に「わざと」やっているわけではなくて「周囲が困る」ということの認識不足のことが多いのです。つまり相手の気持ちを理解することの障害から現れてくる行動なのです。やっていいことと悪いことを明白なルールとして、子どもが理解しやすいように文字や言葉で繰り返し冷静に穏やかに伝えていくようにするのが結局は一番の早道です。
アスペルガー症候群の原因は親の育て方ではありません
アスペルガー症候群の原因はまだ解明されたわけではありません。しかし親の育て方、虐待、愛情不足などが原因ではありません。アスペルガー症候群の子どもは幼児期から漢字を覚えていたり、計算が得意だったりするために、親が教育熱心すぎて愛情に欠けると周囲から思われていることがあります。また正しく診断されていないことが多いために「わがままでしつけのなっていない子ども」とみられていることもあります。アスペルガー症候群の行動特徴の多くは、認知発達の偏りで説明がつきます。認知発達の偏りをもたらすのは何らかの脳機能の微妙な障害です。アスペルガー症候群の原因はおそらく一つではないでしょう。遺伝的要因や、妊娠中や出産時、出生後ごく早期の何らかの障害のために脳の特定の部分に障害が生じたのだろうと考えられています。
診断をめぐる問題
アスペルガー症候群はいつも正しく診断されているわけではありません。一つの理由は精神科医や小児科医、臨床心理学の専門家の間でもアスペルガー症候群の概念は、日本ではまだあまり浸透していないことがあります。また日本の医療現場では健康保険制度上の問題もあって初診時の診察時間が短いことも一因です。アスペルガー症候群の子どもは短時間の診察室での面接や診察では障害特性が明らかに現れないことが多いのです。そのため「親の気にしすぎ」などとされ「正常」と診断されることもあります。また学習上の問題や不注意や多動性などの方が微妙な社会性やコミュニケーションの問題などより目に付きやすいために「学習障害(LD)」や「注意欠陥/多動性障害(AD/HD)」などと診断されていることも少なくありません。「こだわり」が目立つために強迫性障害として治療されていることもあります。
成人期になって初めて診断が下されることも少なくありません。こういった人たちも、多くが専門医を受診しているのですが、「分裂型人格障害」、「単純型分裂病」、「ひきこもり」などの診断がつけられていることもあるようです。
青年期・成人期のアスペルガー症候群
これまでアスペルガー症候群の子どもについて述べてきましたが、その多くが成人のアスペルガー症候群の人にもあてはまります。アスペルガー症候群は児童期に明らかになります。その特性は年齢によって微妙に変化はしていきますが。本質的には成人期まで継続してみられます。
アスペルガー症候群の人が成人期になって初めて診断される場合も珍しくありません。成人期の診断は診察時に3つ組の存在が認められ、かつ幼児期から3つ組の障害が明らかであったかどうかを確認することで診断がつきます。したがって正確に診断するためには発達期のことを良く知っている家族の情報が必要になります。
アスペルガー症候群に関するQアンドA
1.アスペルガー症候群と自閉的な子どもはどう違うのですか?
アスペルガー症候群は自閉症とひとつながりのものです。一般に「自閉的」といった場合、内気で自分の殻に閉じこもるといった印象があるでしょう。アスペルガー症候群は、そして自閉症も、内気とか内向的といった性格の問題ではありません。アスペルガー症候群、自閉症を含む自閉症スペクトラムは発達障害です。発達障害とは、生まれつきあるいは発達早期に脳になんらかの障害が生じたために、行動や認知発達の偏りを示す障害のことを言います。性格の問題とは関係ありません。
2.アスペルガー症候群の人は犯罪を起こしやすいのですか?
アスペルガー症候群の人が一般の人と比べて犯罪を起こしやすいという証拠はなにもありません。アスペルガー症候群の子どもも大人も真面目で規則を頑なに守ることが多いのです。
3.どこで相談すれば良いのですか?
児童精神科、小児神経科の医師がまず第一の候補にあげられるでしょう。ただアスペルガー症候群は専門家の間でも、まだ良く知られていない障害です。医師ならば誰でも良いというわけにはいかないようです。他には保健所、児童相談所、療育センター、教育相談所などにも専門家がいる可能性があります。地域の自閉症親の会などで相談してみて下さい。
4.アスペルガー症候群を治す薬はありますか?
残念ながらアスペルガー症候群そのものを治す薬はありません。こだわりが非常に強いとかイライラが強い、夜よく眠れないといった症状には薬物療法が一定の効果を示すことがあります。精神科医や発達に詳しい小児科医に相談してみてください。
5.広汎性発達障害と診断されたのですが?
広汎性発達障害に自閉症もアスペルガー症候群も含まれます。DSM-IVやICD-10といった国際的診断基準の用語で自閉症、自閉症類似の障害を一括して広汎性発達障害といいます。知的障害を伴った重度の自閉症も、知的能力の高いアスペルガー症候群も含めて広汎性発達障害と呼びます。典型的ではない自閉症を非定型自閉症と呼ぶこともあります。もちろん非定型自閉症も広汎性発達障害に含まれます。
◇ あとがき
この小冊子やウェブ版を作ることになったきっかけは、東京都自閉症協会からアスペルガー症候群について広く知ってもらうために一般の人が読みやすいような小冊子を作って欲しいと依頼されたことに始まります。大変光栄なお話だと思いましたが、自分のような者には荷が重いというのも本音でした。もともとアスペルガー症候群に関わるようになったのは、日本自閉症協会の推薦を得て田中徳兵衛冠名ロータリー財団奨学金をいただきウィング先生のもとで勉強する機会を得たことがきっかけです。それで思い切ってウィング先生に監修をお願いしましたら快諾を得ることができました。
本書は先ず内山が書いた草稿を鈴木正子さんが英訳して下さり、その原稿を内山と鈴木さんの共通の友人である英国のジョンマーク・ミッシェルさん(NHS小児科医:発達障害専門)とピア・ケリッジさん(ルートン市教育局社会的コミュニケーション障害部門責任者)に校正を依頼しました。校正原稿をウィング先生に読んでいただき、そのアドバイスに基づきかなりの加筆訂正を行いました。その原稿を再度日本語に訳し改変したものを、もう一度英訳しウィング先生の了解をいただきました。執筆の過程でアスペルガー部会の方々、専門家の先輩・友人からも貴重なご意見や励ましをいただきました。東京法規出版の鬼木さんには細かい注文に根気強く対応していただきました。多くの皆さんに協力を得て発刊の運びになり嬉しさもひとしおです。この小冊子とウェブ版がアスペルガー症候群の子どもや大人、そしてご家族の人にとって少しでもお役にたてることを願っています。
2002年7月
内山 登紀夫
執筆
内山登紀夫
大妻女子大学人間関係学部、よこはま発達クリニック
監修
Lorna Wing M.D.
Consultant Psychiatrist, The centre for social and communication disorders, London
編集協力者
Jean-Marc Michel
NHS Consultant Community Paediatrician with a special interest in Developmental and Behavioural Paediatrics
Pia Kerridge
Head of the Social Communication Difficulties Team with the Education Support Services in Luton Education Authority
鈴木正子
東京都自閉症協会
増田美知子
東京都自閉症協会
関連リンク
■ 世界保健機関/ICD-11 (英語)
World Health Organization : ICD-11 – International Classification of Diseases 11th Revision
https://www.who.int/classifications/icd/en/
■ アメリカ精神医学会/DSM-IV (英語)
American Psychiatric Association : Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)
http://www.psych.org/clin_res/dsm/
■ よこはま発達クリニック
http://www.ypdc.net/